グウゼン

 『偶然』とすぐに連想するのは教育の性。

 電車などで、眉をひそめる場面に遭遇する。このこと事態が、教育の違いがあるからなのであるが、そこで、感覚的に頭に浮かぶ言葉によって、受けた教育が分かる。だが、自分の受けた教育とは、文科省だけではなく、環境にも影響される。また環境は、国が造った面が大きく。時代によって、差別化が計られる。生まれた時期によって、教育でも、差別化が事実としてあるわけだ。

 怖いのは、教育は、受けた人間の『思考』すら、影響を与えるということで、多かれ少なかれ、このことを分かっている教育者の人数は、少ない。まして、義務教育では、そんな教師に会うことすら、『稀』と思わずにはいられない。教師は、『親』ではないのだから、自分で思考できる年齢(4・5歳)で、選ぶことができるはずだ。こんな思いにとらわれるのは、現代の教育が、かなり改善されてきていると思っているからで、教師にもっと、Pro意識を持ってもらいたいと感じているからです。