危機管理だな。

 継続させるということは努力が伴っては続かない。教訓みたいなものだが、なるほどと思い当たる経験がある。なぜ、結果もでないのにPcにこんなに数十年も魅入られているのだろう。環境の変化で、金銭的な余裕も無いのに、どうにかして、HardやSoftを手に入れようと無意識に段取をしてしまう。『オタク』レベルではないが、時間はそれ以上に消費しているかも知れない。不思議なことに『努力』したという感覚はまったくないし、睡眠不足などで、体を壊したことはあるが、それも仕方ないと納得している。
 よく、クスリやギャンブルで、破綻するひとの話を聞くが、それに近いものがあるのかも知れない。「これで、会社を止めました。」というコマーシャルを思い出すが、笑えないものがある。その上を行っており、宗教で言えば、『出家』状態であるのは認識している。

 中毒という弊害を察知できるように、注意しなくてはならないと感じる。

 ひとつに、なぜ中毒症状とも疑いたくなるほど、のめりこむのか。それは、そこには、夢があり、理想があると感じたからであり、実際にそのように全体は動いているように感じる。しかし、日本の取り組み方は違うのも事実で、個人が何かしようとすると、足はひっぱり、だましても周りにあわさせようとする力が働く。これは批判でない、事実のようである 。